パチスロ学者、スロ沢諭吉の「ハイエナのすゝめ」~スロ愛に満ちあふれたブログ

パチスロが大好きで、楽しみながら勝ちたい人に贈るブログです

スロ沢、ニューパルサーの魅力を熱く語る・前編(思い出話シリーズ)

 夏の参院選に「星矢SP高設定禁止法」を公約に掲げる候補者はいませんかね。絶対に投票しますけどね。絶対に落選するでしょうけどね。「連チャンしない星矢なぞ、粗大ゴミも同然」。星矢SPの高設定に対する憎しみの炎を燃えたぎらせるスロ沢です。あちちち。


 このブログを読んでくださっている方はスロ沢を連チャン狂いだと思っていることでしょう。その通りです。何度も言っていますが、心臓をバクバクさせてくれる機種が大好きなんですよ。


 でもね、優れたゲーム性格を持つノーマルAタイプも好きなんですよ。いちばん好きなのは、なんといってもニューパルサー。その初代は、スロ沢が25年前に初めて打ったパチスロで、スロ学者としての道を歩み始めるきっかけとなった、思い出深い機種なのです。


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 この前、余りメダルで打った時のリーチ目です。バケでしたけどね。


 
 今日はみなさんに、ニューパルサーという機種の素晴らしさについて、お話させていただきたいと思います。なんか、漫才師のナイツみたいだな。


 初代ニューパルサー、略してニューパルは、1993年に山佐から発売されました。それ以前のパチスロについては知識が乏しいのですが、どうやら違法なプログラムを搭載した連チャンパチスロが蔓延していて警察当局の怒りを買い、規則を大幅に改正したらしいんですよね。この業界、似たようなことを繰り返していますね。

 
 規則改正の結果、登場したのが4号機。しかし、連チャン性がなくなり、当初は人気が出ず、パチスロは冬の時代を迎えていました。


 そんな中、登場したニューパルは、パチスロ界の救世主でした。数千種類と言われる多彩なリーチ目に代表されるわかりやすいゲーム性が、老若男女を問わず、広く支持されました。導入台数は全国で20万台とも言われ、4号機・北斗の拳(60万台?)に抜かれるまで、パチスロ界最高のヒット作でした。  

  
 当時、スロ沢は授業をサボって日々パチンコで生活費を稼ぐぐうたら学生でした。パチスロに興味はありましたが、なんとなく敷居が高くて敬遠していました。


 しかしある日、閉店20分くらい前だったと思います。翌日朝から打つ台の目星をつけるため、パチンコの釘を見て回った後、時間が少し余ったので、「1000円だけ打とうか」と ニューパルの1台に腰を下ろし、わけも分からず打ち始めました。


 すると、数ゲームで何やらえらそうな出目が止まりました。主なリーチ目を紹介するシールが台に貼ってあったので、見比べるとリーチ目でした。しかし、リールが全く見えません。必死で揃えようとしますが、バーバーセブンとか、カエルカエルセブンとか、リーチ目が出まくるだけで、一向に揃いません。


 閉店時間が迫り、店内に蛍の光が流れます(当時は開店ミュージックは軍艦マーチかF1レースのテーマ、閉店は蛍の光が定番でした)。焦りまくるスロ沢。そこへ若い兄ちゃんの店員がやってきて「それ、バーだよ」と声をかけてきました。


 スロ沢はわらにもすがる思いで、「全然見えないんです」と訴えると、店員はおもむろに手を伸ばして、素早くバーを揃えてくれました。「格好ええなあ」。ボーナスを揃えるなんて、慣れれば誰でもできますが、ひよっこだったスロ沢は店員が神のように見えました。ちなみにこの店、のちに出禁を食らいました。その経緯についてはこちらで。 https://surosawa.hateblo.jp/entry/2019/05/11/002534


 その時の勝ち額はわずかでしたが、リーチ目の美しさと、メダルがジャラジャラと出る快感にとりつかれ、その後はたびたび打つようになりました。


 もう一つ、ニューパルには大きな魅力がありました。設定判別法です。

 少し長くなったので、後編で。